南北朝時代の歴応四年(1341)足利尊氏が夢窓疎石を迎えて開山。尊氏の死後、この寺に葬り法名をとって等持院とし、足利家の菩提寺として衣笠山麓に威容を誇った。しかし度々の火災の後、現在の建物は、江戸・文政年間の建物である。
境内には夢窓疎石作といわれる池泉廻遊式庭園があり、庭園内には、尊氏の墓と伝えられるものがある。また、霊光殿には足利各将軍と徳川家康の木像を安置する。
南北朝時代の歴応四年(1341)足利尊氏が夢窓疎石を迎えて開山。尊氏の死後、この寺に葬り法名をとって等持院とし、足利家の菩提寺として衣笠山麓に威容を誇った。しかし度々の火災の後、現在の建物は、江戸・文政年間の建物である。
境内には夢窓疎石作といわれる池泉廻遊式庭園があり、庭園内には、尊氏の墓と伝えられるものがある。また、霊光殿には足利各将軍と徳川家康の木像を安置する。