仏像(清涼寺・釈迦如来)の特徴
紀元前5~6世紀の釈迦が存世中、古代インドのコーシャンビーの国王で熱心な仏教徒であった優填王(うでんおう)が、釈迦を思慕するあまり、釈迦の姿を彫刻させた。その像は『優填王思慕像(うでんおうしぼぞう)』と呼ばれ、仏教徒たちの信仰を集めることとなった。平安時代中期の東大寺の僧・奝然(ちょうねん)は、中国の宗に留学した際に、インドから宗にもたらされていた 『優填王思慕像(うでんおうしぼぞう)』を仏師に精密に模刻させ日本へ持ち帰った。奝然(ちょうねん)は、これを本尊として京都の嵯峨に清涼寺を創建し、奝然(ちょうねん)没後に弟子の盛算により寺は完成、以来、この釈迦如来立像が安置されている。
古代インドのガンダーラの仏像と似た縄を編んだような頭髪、ボディラインに張り付いた薄い衣の衣文、エキゾチックな深い彫りの顔には、当時の日本の仏像にはない異国情緒がある。また、胎内に布で造られた五臓六腑の模型が納入されていることからも「生身の釈迦として造られた像」と考えられる。これを手本として、鎌倉時代には「清涼寺式釈迦如来像」といわれる模像が日本各地で流行した。
安置場所 | 清涼寺・本堂 |
---|---|
文化財指定 | 国宝 |
制作年代 | 北宋時代(985) |
像高 | 162.6センチ |
材質 | 木造一木造漆箔 |
住所 | 京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46 |
交通 | 京都市営バス・京都バス嵯峨釈迦堂前バス停下車徒歩2分 |