葵祭の起こりは平安京以前の6世紀
京都三大祭のひとつ葵祭は、下鴨神社と上賀茂神社の例祭です。
『賀茂縁起』によると、平安京以前の567年、日本中が風水害に見舞われ五穀が実らなかったので、勅命により卜部伊吉若日子(うらべのいきわかひこ)に占わせたところ、賀茂大神の祟りであるという占いの結果がでたので、4月の吉日を選んで、馬に鈴を懸け、人は猪頭(いのがしら)をかむり、駆競(かけくらべ)して、五穀豊穣を祈り盛大に祭りをしたと記されています。
このように当時は荒々しい男性的な祭りでしたが、これが賀茂祭(現在の葵祭)の起こりと考えられています。
上賀茂神社 | |
アクセス | 市バス 上賀茂神社前から徒歩すぐ |
正式名は賀茂別雷神社。 古代の豪族・賀茂氏の氏神社。 下鴨神社の祭神・玉依姫命の子である賀茂別雷神を祀っている。 |
下鴨神社 | |
アクセス | 市バス 下鴨神社前から徒歩3分 |
原生林の自然を残す「糺の森」の奥に位置する。糺の森を清らかな御手洗川が流れ、境内にも清流をみせている。 |
平安京以前、秦氏は嵯峨野の地域で
灌漑を造り農業を広めた
平安京以前、古代の豪族・秦氏が、未開拓地であった嵯峨野の地域で灌漑を造り農業をひろめました。大堰川に「葛野大堰」と呼ばれている堰をつくり、嵯峨野の地域で灌漑を営んだことは、秦氏が高い技術水準を持っていたことを物語っています。
秦氏とはこのような高度な技術を持っていた集団で、5世紀後半に新羅から渡来してきたと考えられています。
蚕の社 | |
アクセス | 京福 蚕の社駅から徒歩5分 |
古代の豪族・秦氏ゆかりの神社。秦(はた)氏は、本殿の東側に、養蚕神社を建てた。地域の俗称として親しまれている蚕の社もこれにちなんだもの。 |
広隆寺 | |
アクセス | 京福 太秦駅から徒歩すぐ |
聖徳太子建立の日本七大寺のひとつ。秦河勝(はたのかわかつ)が、聖徳太子より仏像を賜わり、その仏像をご本尊として、広隆寺を建立。 |
伏見稲荷大社 | |
アクセス | 京阪 伏見稲荷駅から徒歩5分 |
古代の豪族・秦氏ゆかりの神社。稲荷神社の総本宮。商売繁昌の神様として広く知られている。 |
松尾大社 | |
アクセス | 阪急 松尾駅から徒歩すぐ |
大宝元年(701)の創建で、古代の豪族秦氏の総氏神である。その後、室町時代以降、酒造の神としても信仰を集めるようになる。 |